Unit 07 キックオフペーパー:少子化対策と地方創生 ──経済学による接近

アジア成長研究所所長、経済同友会政策分析センター所長 八田 達夫 

 出生率は地方によって異なるから、そのことを考慮した少子化対策が採用されるべきである。

 この種の主張の中で、当初脚光を浴びた増田寛也+日本創生会議(2014)の『増田レポート』の少子化対策は、事実誤認に基づいていることは知られている。 1)

1) 八田(2015a、2016)、中川(2015)。

 

 本SPACEでは、まず中川(2016)が、このような事実誤認がもたらされた現象の原因を明らかにする。一方、鈴木(2016)が、地方ごとの出生率変動の観点から少子化対策としての地方財政制度改革の提案を行う。

 まず増田(2014)は、東京では出生率が低く地方では高いから、東京から地方へと若者を移住させることによって日本の出生率を上げることによって、日本全体の出生率を引き上げられると論じた。
 東京都の出生率が低いのは事実である。しかし、「東京から地方への若者の移住」は少子化対策にならない。
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 政令指定都市および東京都の合計特殊出生率を示した上図が示すとおり、確かに、東京の出生率は最低に近い。けれども実は、東京圏の大都市の出生率は、地方のいくつかの大都市に比べてかなり高い水準にある。すなわち、さいたま市・千葉市・横浜市・川崎市・相模原市の出生率は、地方中枢都市である福岡市・仙台市・札幌市を上回っている。
 したがって、増田氏の主張は根本的な事実誤認に基づいている。

 では、東京都自体の出生率はなぜ低いのだろうか。八田(2015a、2016, p. 73)および中川(2015)によれば、次の通りである。まず東京都には、学生や新卒の女性が地方から教育や職を求めて流入する。彼女らが結婚し、子育てを始める頃になると、より安い家賃を求めて、郊外の千葉や埼玉に移っていく。 2)このため、東京都の出生率は低いまま保たれ、周辺都市の出生率は高くなる。一方、東京以外の大都市の多くは、郊外の大きな部分が市域に含まれているために、郊外の大部分が市域外にある東京都に比べて出生率が高くなっていると考えられる。
 特に中川(2015)は、東京圏においても仙台都市圏においても、郊外では婚姻率が高く都心では婚姻率が低いことをデータで示した。今回の。中川(2016)では、福岡市でも札幌市でも同様の現象が見られることを示した。したがって、東京で認められた傾向が、仙台・福岡・札幌で認められるわけである。 3)
 このように、中川(2016)は、増田論文がベースにした事実誤認である「東京の低出生率、地方の高出生率」の原因が、都心と郊外の婚姻率のギャップにあり。このことが他の都市圏にも当てはまる一般性を持つことを明確にすることによって、若者の地方移住が少子化対策にならないことを明確にしている。

2) 八田(2015a)は、東京都の出生率が低い一方、東京圏のベッドタウンの出生率が高いことを指摘した。中川(2015)は、データで、都心と郊外とで婚姻率が異なることを年齢ごとに示した。
3) ただし札幌は、かなり広域な都市圏であるにもかかわらず、出生率が低い。この原因は今のところ不明であることが中川(2016)では示されている。

 

 次に、鈴木(2016)は、地方の財政制度を改善することによって、全国の出生率を引き上げられることを示している。
 鈴木によれば、金をかけて待機児童対策をした自治体には、周辺の他都市から「子育て難民」が流入し、かえって待機児童が増えてしまうという状況がある。ある市に保育児童が増えると、それによって発生する費用の増加分は保険料や国からの補助金増額ではまかなえず、市の保険費純支出が増大するから、対策が間に合わなくなるためだ。これが、待機児童が大都市ほどいつまでたっても減らないという状況をもたらしている。加えて、大都市の待機児童対策への意欲を削ぎ、全国の大都市における待機児童問題の解決を遅らせており、出生率の地域間格差を拡げている。
 この問題を克服する抜本策は、国が、各自治体に子育て支援の「モデル給付額」を支給し、自治体自体が子育て支援の負担をしなくても済む仕組みにすることである。すなわち、保育の標準的な必要額(モデル給付額)を、全額、国が各自治体に対して支払う。こうすれば、標準的な子育て対策を行うことによる各自治体の負担はゼロとなるから、人口流入による追加的な子育て対策費用を、国からの支援の増加によってまかなうことができ、過小供給を防ぐことができる。
 鈴木はさらに、現在の国からの補助金算定額において、保育年齢の子供の増加から2年経ってからでないと給付額が増えない仕組みになっていることが、待機児童増に対する対策の遅れをもたらしていると指摘する。そのため、人口成長率が高い都市であればあるほど、待機児童問題が深刻になるということを指摘している。
 この問題に対する適切な財政措置をとることによって、各自治体は、施設による子育て難民の流入を恐れることなく、思う存分、施設を充実することができる。全体として、少子化対策に大きな効果がもたらされるであろう。


<参考文献>

  • 鈴木亘(2016)保育と少子化対策―地方分権でどれだけ少子化対策が可能か―SPACE NIRA小論文(Unit 07-B)。
  • 中川雅之(2015)「東京は『日本の結婚』に貢献 – 人口分散は過剰介入」、『老いる都市、『選べる老後』で備えを‐地方創生と少子化、議論を分けよ』、日本経済研究センター大都市研究会報告、2015年7月、pp. 45-59。
  • 中川雅之(2016)都市構造と結婚―札幌及び福岡大都市圏の比較―SPACE NIRA小論文(Unit 07-A)。
  • 八田達夫(2015a)「地方創生策を問う(下)移住の障壁撤廃こそ先決」、日本経済新聞朝刊「経済教室」欄、2015年2月6日。
  • 八田達夫(2015b)「『国土の均衡ある発展』論は日本の衰退招く」、時事通信社 編『全論点 人口急減と自治体消滅』、時事通信出版社、pp. 64-67。
  • 八田達夫(2016)「「国保の“モデル給付額”国庫負担制度」による地方創生」、『医療経済研究』27(2)、2016年3月、pp. 71-84。
  • 増田寛也+日本創成会議(2014)「消滅可能性都市896全リストの衝撃 : 523は人口1万人以下」、『中央公論』129(6)、2014年6月、pp. 32-43。