Unit 05 キックオフペーパー: 良い地方分権、悪い地方分権

一橋大学経済学研究科、国際・公共政策研究部教授 佐藤 主光 

 わが国の集権体制は変わりつつある。従前、「集権的分散システム」(神野直彦教授)と言われた通り、地方自治体は国(中央政府)が企画・立案、財源調達(財源保障)した政策・事業を執行する、いわば「国の下部組織」に過ぎなかった。しかし、①機関委任事務の廃止を含む地方分権一括法の施行(20004月)、②全国の自治体数をほぼ半減させた「平成の大合併」、③3兆円規模の税源移譲を実施した三位一体改革、④民主党政権下での補助金の一括交付金化等の「地域主権改革」などを経て、自治体の主体性や責任は高まりつつある。公会計改革や事務事業(政策)評価を始め、行政・財政改革で先行する地方自治体も少なくない。

 しかし、地方財政の「制度」は旧態依然の性格を残している。①地方財政計画による財源保障とそれを実現する「地方交付税制度」は国が決めた政策(地財計画に計上した支出)を確実に自治体に実行させるという集権的分散システムを前提にした補助金である。②交付金化が進んだとはいえ、地方の創意工夫が十分に発揮される状況にもない。「地方創生交付金」は先進的な自治体の取り組みを支援するとするが、何が先進的かは国の判断に拠るところが大きい。自治体は自らの創意工夫ではなく、国を慮った計画(地方版総合戦略)を作ることにもなりかねない。③国の財源保障は(赤字地方債や国が同意した)地方債にも及ぶ。「暗黙裡の信用保証」は地方債の発行コスト(金利)を国債並みに下げてきた。このことは公共施設の更新・運用への民間資金・経営ノウハウの活用を狙いとする PPP・PFI 普及の阻害要因にも挙げられる。低い地方債の金利は(リスクを含む)本来の公共事業・公共施設のコストを不明瞭にしてしまう。加えて、地方自治体が独自に担う政策にも弊害が見受けられる。今やふるさと納税は地元の特産品を納税者(寄付者)に送る「返礼品競争」になった。財政的に富裕な都市圏の自治体を中心に子どもの医療費等の無料化も進んでいる。「過剰な給付競争」の面も否めない。

 国の財源保障にも自治体の取り組みにも欠けているのは「住民の財政責任」だ。ここでいう財政責任は補助金の全廃、自主財源のみによる財政運営を求めるものではない。自治体が自ら決めた政策・事業(単独事業など)に対して住民がコストを負う(コスト意識を持つ)「限界的財政責任」だ。現在の地方分権はこの限界的財政責任を欠いている。先の公共施設の集約化を例にとれば、現行の公共施設を維持するとしても、そのための追加的な住民の税負担はこれだけになる、それを理解した上で当該施設の存廃を決定するという選択肢がない。現在、各自治体が作成を進めている「公共施設等管理計画」は公共施設等の集約化を含んでいる。しかし、住民が財政負担を負わない状況で自分等が受益だけする施設の廃止・縮小に対して抵抗は大きいが実態だ。

 他方、地域間の格差に対する懸念もあるだろう。自治体の自助努力に拠らない格差を埋めるのは分権体制下での地方交付税の役割である。しかし、現行の交付税はむしろ地方の財政規律の弛緩、依存体質を助長してきた。自治体は事あるごとに「交付税の総額確保」を要求している。改革努力の前に交付税を充てにする状況で本当に改革が進む(現状が改革をしなくても困らない状況ならなおさら)のかは疑問だ。住民に負担を求める地方税にも欠点が多い。超過課税を含む自治体の課税自主権の行使も法人二税(法人事業税・法人住民税)に偏重してきた。その根拠としては「応益原則」が挙げられるが、個人住民税を始め住民に対する応益課税には及び腰なのが現実だ。結局、税は「取りやすいところから取っている」のが実態といえよう。教科書的に言えば、「望ましい地方税」に挙げられる固定資産税についても小規模住宅に対する軽減措置(課税標準を6分の1に圧縮)など応益課税からのかい離がある。

 結局、良い地方分権と悪い地方分権の分岐点になるのは「住民の財政責任」(コスト意識)の有無だ。地方分権といえば、国と地方の対立構造がクローズアップされるが、真に問われるのは自治体と住民の関係であろう。「住民に向かい合った財政運営」の実現の如何である。コスト意識に欠いた地域住民は自治体の財政運営に関心を持たない。その結果、彼等の監視がなくなり、財政規律も弛緩する。良い地方分権の実現には①現行の交付税制度、②地方税制の見直しが必須である。そこでブリーフエッセイ(小論文)では①財政移転制度の現状と課題、及び②住民への応益課税を原則とする固定資産税改革を取り上げる。小林論文は交付税に係る3つの課題として、財源保障の範囲と水準、自治体の財政力の測定、不交付団体の扱いを取り上げる。宮崎論文は固定資産税が応益性を満たさない理由(課税自主権の制限,さまざまな特例措置,実質的資本課税)を上げた上で、応益課税を徹底するための改革を提言している。無論、一言で自治体といっても、財政力・経済力は千差万別だ。主体性・財政責任を持つ余地にも違いがあるだろう。わが国の地方分権は原則全ての自治体に同様の事務事業・権限を与えるという意味で「集権的」(画一的)だった。自治体を財政力等に応じて幾つかのグループに類型化できるなら、そのグループに応じた財政移転や地方税制度(税源配分)があっても良いかもしれない。

 政府は2020年度までに国と地方を合わせた基礎的財政収支の黒字化を目指しており、その一環として「経済財政一体改革」(経済財政再生計画)を進めている。同改革では地方歳出の効率化(民間委託等、業務改革や広域化を含む)が重要な柱の一つに位置付けられた。仮に地方分権が住民のコスト意識を喚起することで、自治体への関心と監視を促し、ミクロ(各自治体)レベルで効率的な財政運営に繋がるならば、マクロ的(国・地方全体)には財政再建にも寄与することになろう。


<参考文献>