Unit 04-A: インバウンド観光を視野に入れたDMOの構築、その方法と課題
公益財団法人日本交通公社理事 溝尾 良隆
はじめに
近年、インバウンド観光を地方創生の起爆剤にしようとする動きが高まっている。外国人の訪日観光客数も急増するなか、地域それぞれでの観光客の受入れ態勢の整備も急務となっている。その一つが、DMO である。DMO とは Destination Marketing/Management Organizationの略称であり、地域が主体となって情報発信・プロモーション、効果的なマーケティング、戦略策定等について推進する観光振興組織のことである。
本稿では、地域がDMOを構築するにあたって有効な地域資源の評価の在り方を論じ、そのうえで地域がとるべきDMO戦略について、いくつかのポイントを提示したい。
分析の前提として、次の2つをまず指摘しておきたい。
第1は、地域(ここでは市町村レベルを想定)にとってインバウンド観光とは、外国人のみならず日本人を含む域外からの旅行者すべてであり、外国人旅行者は域外旅行者の一部であることである。第2に、現在、観光庁が音頭をとり構築を急いでいる「日本版DMO」はまさに欧米で先行して実施しているものであり、これこそが日本においても急いで取り込むべきDMOだということである。つまり、「普遍的なDMO」であり、「日本特殊的なDMO」ではない。
DMOの成否は地域自身が主体性を発揮して取り組めるかどうかにかかっている。本稿ではDMO戦略の枠組みを述べるので、個々の地域が、それを基にした地域独自のDMOを展開することを期待したい。
1.地域が有する資源の評価 ―対象市場が決定するー
観光には、「見る・学ぶ」を目的にした狭義の観光と、「レクリエーション」と「宿泊」といった広義の観光がある。DMOを構築しようとする地域では、自らの資源を分析して、旅行の目的地として、これらのうちのいずれであるか、あるいは複数のタイプの特徴を有するのかを明らかにする必要がある。そして、どこの地域から誘客できるのか、その地域の人たちの嗜好、行動特性を熟知したうえで、旅行商品を策定するのが肝要である。
1.1 観光地であるか
「見る・学ぶ」を目的にした狭義の観光での行動は、基本的に何か所かを訪れるという周遊型になる。
地域への誘客を図るには、まず域内の観光対象となる資源特性を把握する必要がある。特性とは、資源の種類と個々の資源がもつ誘致力である。資源の種類から、どのようなテーマ別の観光商品が作れるのかになる。文学、歴史、花など、その場所に行きたくなるようなテーマをいかに打ち出せるか、地域の知恵が試される。
また、個々の資源がもつ誘致力の強弱によって、外国、全国、地方、県内および隣接県のどの地域から誘客ができるかが決定される。誘致力の強弱の評価方法は、当面、現在の国内観光資源との比較から判断する以外にない 1)。資源の誘致力が強いと、遠隔の地域から誘客できる。留意すべきは、発地から着地までの移動距離が長い人ほど、時間と経費を費やしているので、旅行日数は長くなり、旅行コースは広域になるのがふつうであることだ。そのため、遠隔地の旅行者には地域内や県内で旅行コースを完結させてはいけない。観光庁が認定した「昇龍道」 2)など、県を超えた7本の外国向け広域観光周遊ルートの移動距離をみれば理解できよう。
逆に、地域内の資源魅力が弱いか、あるいは季節ごとに変化する花やイベント・年中行事などは、1カ所だけが目的となるので、近接の市場に向けてのタイムリーな情報を流すのが望まれる。
筆者らは、かつて東京都の商品と地域を、外国市場、全国市場、東京周辺・関東市場と、それぞれに分けて、提案したことがある。県レベルではこうした方策がよいだろう。
1)誘致力の評価方法については、公益財団法人日本交通公社(2014)『美しき日本 旅の風光』は参考になる。
2)「昇竜道」とは、中部北陸9県(愛知、岐阜、三重、静岡、長野、石川、富山、福井、滋賀)が一体となって外国人観光客誘致を推進するプロジェクトのこと。
1.2 レクリエーション地であるか
次に、広義の観光のうち、「レクリエーション」を考える。ゴルフやスキーにみるように、レクリエーションの行動特性は、目的地に滞在して、活動に時間を費やし楽しむため、数カ所を移動することなく、発地と着地間は単純往復になり、移動時間は短いのが望ましい。日本ではレクリエーションの対象地が多く代替性があるため、レクリエーション地においては、近くの人口の多い市場を主たる対象地にする。韓国からゴルフやスキー目的に旅行者が多いのがその典型的な例である。遠隔地のオーストラリアからのスキー客が多いのは、オーストラリアでのスキーがオフ期のときに、パウダースノーで雪質のよい、スキーがオンの時期の日本にわざわざ来るからである。この場合は、オーストラリアからとなると時間と経費をかけているので、日本での滞在期間は長くなる。
1.3 宿泊地であるか
広義の観光のうち「宿泊」については、立地条件から3タイプがある。
イ. 観光地であるか、観光ルート上にあるか、あるいは近くに観光地があるか。
ロ. レクリエーション地では、滞在が目的であるから宿泊地にもなる。
ハ. 宿泊目的だけでの来訪地では、旅行者は近距離地域からになる。
宿泊の資源性としては、特に日本人を対象とする場合は、温泉の存在が最大魅力になる。それ以外では、風光明媚なところ、自然環境のよいところが宿泊地として選択される。来訪者の移動距離が大きくなると、宿泊施設の質と規模(個々、地域全体)が問われるが、一方で、昨今のゲストハウスの人気にみるように、1泊当たりの宿泊費を押さえ、簡易宿泊施設に長期に宿泊する旅行者もいる。
1.4 さまざまな外国人の嗜好
訪日外国人と一口にいうが、欧米とアジアの人たち、欧米でも、アメリカとフランス、ドイツの人びとの間にはもともと関心事には相違があり、日本での訪問先や行動の選択対象も異なってくる。特に、最近話題となっているイスラムの人たちには、食事や宗教に対する理解したうえでないと、受入れに十分な対応はできない。要するに、狙う市場ごとの情報提供、受入れの戦略が必要になる。さらに、同国人でも日本への再訪率が高まるにつれ、訪問先や旅行行動、嗜好も変化してくることも念頭におかなければならない。
2.強力なDMOを確立する
2.1 地域からの情報発信
次に、商品を作成したら、どこに、いかにして売り込むかの戦略が重要である。普通は、旅行業者への売り込みをするわけだが、旅行業者にすべてを依存していると、一般的に旅行業者は全国をみているので、認知度の低い地域・観光資源は相手にされない。しかし旅行業者でも、目新しいテーマ、観光資源に熟知していないことがあるから、着地側から常に積極的に情報発信して、発地側に気付かせ、商品化を促すのが重要である。もちろん現在は、B2B(業者対業者)だけでなく、B2C(業者対消費)が重要視されており、ソーシャル・ネットワーキング・システム(SNS)の時代であるから、PCその他の情報機器を使用して、関心のある人々へ直接新鮮な情報を発信し続けることも必要である。
誰が適切な情報の発信者になるかは、どの市場に売り込むかによって異なる。近距離市場なら市町村レベルで済むが、全国が対象市場となると県が主導権を握り、外国となると例えば九州が全県で協力しているように、県レベルを超えた連携で外国市場に売り込んでいくことになる。外国では、県や区の名前を言っても理解できない。それは私たちが逆の立場になれば理解できよう。観光客にとって、神奈川県よりも横浜、鎌倉、箱根であり、台東区よりも浅草、上野の地名の知名度があるので、それらの地名を前面に出していくことである。そうしたことが可能なレベルが情報発信をすべきなのだ。
以上が今日いわれている、地域主導の着地型観光である。
2.2 地域内連携 ―コミュニティ・ツーリズムの推進―
実は、着地型観光は言われて久しいが、成功例が少ない。それが現実味を帯びるには、従来の観光協会を強化し、行政依存から脱却することが必至である。収益事業を見いだし、専門の職員を採用する。強化された観光協会と商工会・商工会議所、農協や漁協など、地域のさまざま団体間の連携し、そしてなによりも、温かく旅行者を受け入れる住民の役割が重要である。
観光協会の強化については、観光協会 3)を社団法人化する動きは一歩前進ではあるが、それでもまだ行政依存型が多い。そのなかで、ニセコリゾート観光協会は、2003年に全国初の株式会社となった。独自に旅行業登録をして各種の収益事業を行うとともにFMコミュニティ放送を開始したり道の駅の受託事業に取り組んだりしている。また、県レベルの事例では、一般社団法人長崎県観光連盟は、行政からほぼ完全に独立し、内容によってその都度特定の旅行業者と組むという行政ではむずかしいことも可能になっている。ここの職員の数、予算規模も他県とは比較にならないほど充実している。さらに公益財団法人東京観光財団は、従来の観光連盟に新しいコンベンション機能を加えたことで、多面的な取り組みが可能になった。こうした組織上の問題以外に、米沢市、草津町、旧由布院温泉のように、ことあるごとに行政と観光協会、商工会議所・商工会が膝を交えて話し合うという姿勢をもつのが大事だろう。
3) 従来の観光協会は、県レベルのものは一般財団法人や社団法人であることも多いが、町村レベルのものは多くが任意団体であった。
発展途上国で展開されている「コミュニティ・(ベイスド)・ツーリズム」とは、エコツーリズムに代表されるように、自らの資源を地域のガイドが説明をし、土地のもので料理した飲食店、地域の人びとが制作した土産物を売る店、地元資本の宿泊施設などで、旅行者を迎え入れ、旅行者の消費の多くを地域内でまかなう、地域の経済循環システムを作り上げることである。
ここまで完璧にしなくても、住民や関係団体が連携するには、観光産業を支えている背後には、その地域の第一次産業や第二次産業、そして他の第三次産業からの原材料や商品の供給があり、それらと観光産業は密接に結びついていることを明らかにし、観光の経済効果が地域に広範囲に及んでいることを理解してもらうことである。観光産業の経済効果が大きくなると、他の産業にもプラスの効果が働くのである。近年では、第一次産業自らが六次産業化に取りくんだり、第二次産業が製造過程を公開したり、製品を販売したりしている。こうして第一次産業や第二次産業が、観光客(消費者)に直接結びつき、商品を販売することで、売れ筋商品の指向も理解できるし、新たな経済効果も生み出される。
こうした取り組みで、地域において観光の意義や観光に取り組む目的が理解される。しかし、観光振興の目的は単に経済効果だけでなく、外国人を含めて地域外からの人たちが訪れることで、当初、違和感があった異文化を理解するようになり、旅行者との交流で刺激し合い、地域の人びとも成長発展するのである。
<参考文献>
- 溝尾良隆編著(2009)『観光学の基礎』、原書房。
- 溝尾良隆(2011)『観光学と景観』、古今書院。
- 溝尾良隆(2015年)『改定新版 観光学 基本と実践』、古今書院。