Unit 04 キックオフペーパー: 2020年に向けての日本の観光戦略に関する課題と地方創生に向けた観光関連規制緩和の論点
~訪日外国人観光客3000万人を目標とするわが国の観光振興と
地域活性化の在り方について〜
跡見学園女子大学観光コミュニティ学部准教授 篠原 靖
はじめに
政府は2013年悲願であった訪日外国人旅行者誘客数(インバウンド旅行者数)1000万人の目標をクリアし、2015年度には1973万人を記録、さらに2016年には2000万人を突破する勢いを見せている。また訪日客による国内消費総額は3兆4,771億円と急増し、年間値で初めて3兆円を突破。前年(2兆278億円)に比べ71.5%増となり過去最高を記録した。政府は「観光」をわが国の地方創生戦略および経済成長戦略と位置づけ訪日外国人旅行者数を3000万人まで引き上げる新たな高みを目指すと発表した。しかしながら世界各国が競争相手となる観光戦略では、現状の観光関連規制の緩和や日本の観光の奥行きを深める受け入れ態勢のイノベーションが不可欠となってくる。本稿では、こうしたさまざまな課題を概括的に整理し提言を行う。さらに地方創生と観光を新たなステージに押し上げて行く基盤となる「日本版 DMO の構築」および、慢性化している大都市圏でのホテル不足の中で規制緩和との狭間で議論を呼んでいる「民泊問題」について両分野における第一人者より、それぞれ具体的な方向性を示唆する内容の執筆をお願いした。
1.観光における現状と課題
2014年度の国際収支統計によると「旅行収支」も黒字に転じた。このように訪日外国人観光客の激増が話題になっているが、ここで注視しなくてはならないのは日本人の旅行消費額の落ち込みである。2014年には約2兆円程度の落ち込みが見られる。その大きな原因とされるのは、旅行者の旅行動機や旅行形態が従来の団体、周遊型から、個人、体験、滞在型へと急速に変化しており、この変化に対して、国内観光コンテンツのイノベーションが大きく遅れている事である。内需中心で成長して来たわが国の観光産業はまさに大きな転換点を迎え、今後は従来の団体型内需中心の観光地づくりや受け入れ態勢から脱却し、外国人観光客も視野に入れながらわが国の観光全体を再構築する事が求められている。課題は観光関連規制の緩和を推進し観光産業を軸に地方への流動人口を拡大させる事であり、ひいてはこれが地方創生の起爆剤になると考えている。
2.2020年に向けての課題
2.1 地方創生と観光を新たなステージに押し上げて行く基盤となる日本版 DMO(Destination Marketing/Management Organization)の構築について
わが国の地方は人口減少が急速に進行することで地域経済はますます縮小する。こうした環境下では、交流人口の拡大による地域活性化すなわち観光振興による地域づくりが地方創生の重要な政策課題となってくる。ここで注目されているのは、欧米の観光先進国ではスタンダードである「日本版 DMO」組織の立ち上げである。本件に関する詳細は溝尾良隆氏執筆の「インバウンド観光を視野に入れたDMOの構築、その方法と課題」にて詳しく論じられている。政府が唱える日本版 DMO の概念は、地方創生に向けた『観光地(地域・観光資源)のマーケティングとプロモーション(ブランディング)を狙い、観光集客をはじめ、受入サービスの品質(安全)管理、観光戦略の立案や事業計画のマネジメント機能を有する自律的に運営される組織』1)としている。大きな課題でもある訪日外国人観光客の地方分散は、地方の観光地においても、こうしたDMOが機能し、外国人観光客の受入コンテンツの新たな構築と人材の育成策を具体的に整備し、地域の中で機能的に動き出せる事が、地方への外国人観光客分散の成功の可否を2分する重要な課題である。
1)(公社)日本観光振興協会観光地域づくりプラットホーム推進機構「日本版DMOの概要」抜粋。
2.2 民泊問題で議論が高まる新たな日本の宿泊施設のバリエーション
本件に関しては富川久美子氏執筆の「日本における民泊規制緩和に向けた議論」にて詳しく論じられているが、東京、大阪をはじめとする大都市圏でホテル不足が慢性化したのは、2013年から2年間で2倍に拡大した訪日観光客が原因とされ、首都圏では従来は75%を確保できれば良好とされたホテル稼働率は90%を超える高稼働が続き、ビジネス旅客の宿泊客室の確保ができない状況が続いている。さらに2020年に向け、さらなる宿泊施設の不足が叫ばれているが建設コストの高騰でとても想定需要に見合った客室数の確保は難しい見通しである。海外においてはシェアリングエコノミーが活用されている。宿泊施設を貸し出す人と宿泊を希望する個人の取引を結ぶAirbnb社のウェブサイトでは、すでに世界192カ国33,000の都市で80万以上の施設をシェアしている。
しかし日本では、30日未満の借家契約が旅館業法の規制下に置かれているため、帳場を設けるなどの旅館としての条件を満たさないと短期の借家を供給できず、シェアリングエコノミーの活用が許されていない。
この岩盤規制を打ち破るため、政府は、「国家戦略特区」においては、旅館業法の規制からはずして、30日未満の借家、すなわち民泊、の経営を可能とする事になった。国家戦略特区における民泊の先駆的な事例である東京都大田区と大阪府では独自の条例を制定し、2016年から本格的に運営を開始する。条例は、テロリストや犯罪につながる不法滞在の防止、騒音やゴミに関する近隣からの苦情対策等の措置を講じたものである。
訪日観光客誘致3000万人の高みを目指す政府は、民泊第2弾として、旅館業法の下での小規模借家の大幅条件緩和をすることを決定した。さらに第3弾として、国家戦略特区型の、すなわち旅館業法の適用を受けない民泊の全国拡大を検討することになっている。
3.まとめ
以上、「2020年に向けての日本の観光戦略に関する課題と地方創成に向けた観光関連規制緩和の論点」について整理を行った。しかしながら観光立国日本として、訪日外国人旅行数を2016年の2000万人をベースに2020年までに3000万人へと大きな高みを目指す事も大切ではあるが、数の確保だけが優先される事が無い様に注意しなくてはならない。すなわち、「どこの国の」、「どの様な人に」、「どのような目的で」、さらには「1回だけの訪日で良いのか」、「何回もリピーターとして来日して欲しいのか」を論点に、さらには日本人の観光需要の復活をはかるための具体的な政策を含め、観光産業の位置づけをしっかり議論し、「観光」が新たな地方創生と日本経済のけん引役となり、経済改革の大きな柱になるよう成長させて行きたい。
※ 跡見学園女子大学の安島博幸教授には本研究を進めていくにあたり終始ご指導をいただきました事に厚く御礼を申し上げます。
<参考文献>
- 国土交通省「観光をめぐる現状と課題等について」(2015年11月9日 第1回「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」石井啓一国土交通大臣資料)
- 首相官邸「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」(2015年11月9日)
- 増田寛也(2015)『東京消滅: 介護破綻と地方移住』、中公新書。
- 小沢吾旦・町田龍馬(2015)『中古アパート・マンションが生まれ変わる Airbnb空室物件活用術』、幻冬舎メディアコンサルティング。
- 金子勇(2016)『「地方創生と消滅」の社会学』、ミネルヴァ書房。