Unit06-A: 個別漁獲割当(IQ)制度導入の経済分析
新潟大学経済学部准教授 濱田 弘潤
はじめに
日本の漁業の衰退が長らく指摘されている。水産庁のデータによると、日本の漁獲量は1984年をピークに減少の一途を辿っており、日本の漁業が衰退した理由の一つとして、乱獲による漁業資源の枯渇が挙げられる。ところがこれとは対照的に、アイスランドやノルウェーなどの水産資源国では、適切な資源管理政策を実施し漁業が成長産業となっている。日本の漁業においても、過剰な漁獲を防止し水産資源を維持するために、適切な水産資源管理を行う必要がある。諸外国で実施されている適正な漁業資源の管理方法として、個別漁獲割当制度(IQ制度)がある。IQとはIndividual Quotaの略で、漁業者一人一人や漁船ごとに1年間の漁獲量を割り当て、割当を超える漁獲を禁止することで漁獲量の管理を行う制度である。割当が定められているため、水産資源について「共有地の悲劇」の問題を引き起こさない。また割当の範囲で漁業者が自由な時期に漁を行えるので、値段の高い時期に出漁することができるなど、経済合理性に基づいて漁業ができる制度となっている。
日本では、2011年より新潟県佐渡市赤泊地区の南蛮エビのえびかご漁業で、初めて実質的なIQ制度が導入された。本稿では、佐渡の南蛮エビ漁に導入されたIQ制度により、南蛮エビの価格にどのような変化が生じたのかについて、IQ導入前後の南蛮エビ価格を比較し、経済合理性が達成されているかどうかを検証する。
1. IQ制度のメリット・デメリット
IQ制度のメリットとしては、主に次の2点が挙げられる。第一に、個々の漁業者に一定の漁獲量が割り当てられるので、オリンピック方式と呼ばれる早い者勝ちの漁獲競争を排除することができる。第二に、各漁業者が割り当てられた漁獲量を、できるだけ低費用かつ高価格で漁獲・出荷する経済的インセンティブが生み出され、操業の効率性が実現する。一方、デメリットとしては、割当を超過して漁獲した場合の隠蔽や虚偽報告が行われる可能性、割当量をどう決めるのかの問題が挙げられる。しかし市場出荷量を適正にチェックし、科学的な生物資源量の計測と管理に基づく割当を算出することにより、デメリットは克服できる。実際に、アイスランドやノルウェーに代表される水産資源大国でIQ制度は実施され、成功を収めてきた。
2. IQ制度導入前後の南蛮エビの単価の比較
佐渡赤泊地区のえびかご漁業に、初めてIQ制度が導入されて早6年目を迎える。画期的制度であるIQ制度の経済効果を検証するために、IQ導入前後の南蛮エビ大銘柄の市場価格を比較する。IQ導入前後の南蛮エビ大銘柄の佐渡荷の出荷量と単価の散布図を、図1に示す。
図1をみると、IQ導入前に外れ値が3点あるものの、全体的に佐渡荷の単価はIQ導入後に高くなる傾向が見られる。この市場価格データから得られる、佐渡荷の平均単価の変化を図2のグラフにまとめる。
図2より、IQ導入後に平均単価が上昇していることが確認できる。第一に、佐渡荷の平均単価は、IQ導入前の2010年度に6、711円/箱であったのが、導入後の2013年に7、471円/箱となり、760円/箱上昇している。さらにIQ導入後2年目の2014年には7、658円/箱となり、187円/箱上昇し、導入前と比べて947円/箱の単価上昇がみられる。これらは単純な平均の比較であるが、IQ導入前には単価が高い外れ値が3点存在していたことを考慮すると、外れ値を除いた単価はさらに上昇傾向にある。
平均単価の上昇が見られる理由の一つは、IQ導入により単価の高い夏季操業が可能になったことが挙げられる。また夏季操業等に伴い、佐渡荷と沖底との競合が回避されたことで、沖底の平均単価も上昇したと推測される。7月と8月に平均単価が高くなる傾向のあることは、月別単価のデータから示されている。
3. 競合を避けることによる単価向上効果
次に、南蛮エビ大銘柄価格が下落する一つの要因は、えびかご漁業(佐渡荷)と沖合底曳き(沖底)漁業が同じ日に新潟市場に出荷することにある。IQ導入のメリットは、各漁業者に1年間の漁獲割当が定められるため、単価が最も高い月や週を選んで出漁・出荷することで、収益最大化を実現できることである。以下では、市場競合による単価下落をある程度回避できるのかどうかを検討する。
IQ導入前後で佐渡荷が沖底と出荷市場で競合する時と、競合しない時との佐渡荷市場価格の散布図を、図3に示す。また市場価格のデータから得られる、IQ導入前後の佐渡荷の平均単価を図4のグラフにまとめる。
図4より、沖底と競合する時と非競合の時との佐渡荷平均単価を比較すると、非競合の方が明らかに平均単価が高くなっている。このことから、競合を避けることが確実に単価上昇に繋がることが確認できる。IQ導入による影響をみると、IQ導入後に非競合の平均単価は若干下がっているがさほど変化はない。一方、競合時の単価は、IQ導入後に大幅に上昇していることが確認できる。このことが生じる理由として、IQ導入前後で出漁日数にほとんど変化がないことから、非競合となる夏季操業日数の増加に伴い、沖底と競合する操業・出荷日数が減少したため、競合時の単価が引き上げられたことが推測される。
4. まとめ
本稿では、IQ制度導入の本邦初の試みである佐渡赤泊地区の南蛮エビえびかご漁について、制度導入前後の大銘柄単価の変動に関する調査結果を示した。結果として第一に、IQ導入後、佐渡荷の大銘柄平均単価が上昇する傾向をデータより確認した。実は、IQ導入前の佐渡荷単価には年末とゴールデンウイークに値段が高騰した外れ値が3点あり、この値の影響を考慮しなければ、IQ導入後の単価上昇傾向はより鮮明に現れる。
第二に、IQ導入後に単価が上昇した理由を検討するために、IQ導入後に佐渡荷と沖底の競合状態がどう変化したかについて調査した。結果として、IQ導入後に、競合時の佐渡荷平均単価が大幅に上昇する一方、非競合時の平均単価は若干下落することが明らかになった。IQ導入後の平均単価上昇を説明する理由として、単価の高い夏季操業が可能になったことと、夏季操業等に伴い、佐渡荷と沖底との競合日数が減少したことが挙げられる。
この調査結果からも、佐渡の南蛮エビでのIQ制度の導入は、沖底との競合を減らし、また夏季操業を認めることで、需要の大きい高価格の時期に出荷することができるという利点があることが明らかとなった。IQ制度導入は、漁業者が割り当てられた漁獲量をできるだけ高価格時に漁獲・出荷する経済的インセンティブを与えるという利点がある。本稿で示した単価向上の結果、IQ制度導入にこうした経済的効率性が存在することを裏付けるものである。水産資源の枯渇が長い間叫ばれ、水産資源管理が喫緊の課題である日本の漁業において、こうした経済的合理性に基づいたIQ制度が普及することが、漁業復活の処方箋となることを願ってやまない。
<参考文献>
- 小松正之(2014)「インタビュー 日本の食の未来:File2 漁業復活の処方箋」、日経ビジネスオンライン(2014年6月10、11、12日)
- 小松正之(2015)「新潟県佐渡島で日本初の本格的「個別漁獲割当制度」を導入」、『季刊しま』、Vol.60(3)、 pp.30-41。
- 農林水産省「海面漁業生産統計調査」(http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kaimen_gyosei/index.html)。
- 寳多康弘・馬奈木俊介編(2010)『資源経済学への招待:ケーススタディとしての水産業』、ミネルヴァ書房。